冷え性の徒然日記
日々思うことを徒然に書きつらねる日記。 旅フェチだが最近行ってないorz
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アラタ(腰痛)

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ラーメンと蕎麦、そしてぇ!旅をこよなく愛する冷え性。
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Memento mori メメント・モリ 藤原新也
何気なく本棚を見ていたら藤原新也さん著のメメント・モリがあった。
高校生の頃に父の書斎で見つけ、何気なく読み衝撃を受けたのを
覚えている。

Memento moriとはラテン語で「死を想え」「死を忘れるな」という
意味である。

この前、祖父の三回忌があった。
昔、私は葬式やお墓というのは形式的なもので自分が亡くなる時は
必要ないと考えていた。

しかし、祖父が亡くなった時、対象を求めた。
何も恩を返す事が出来ないまま祖父は逝ってしまった。
何かしら祖父に報いたかった。


「こうした事は故人だけじゃなくて、残された者のためにもやっているのかもね。」
法事の際に、母が何気なく言った言葉が印象に残る。

久しぶりに少し考える機会があったので、M.ハイデガーの投企に
ついても書こうかなと思ったけど柄じゃないのでやめときます。

最後にメメント・モリの一節を紹介してグッナイ。



肉親が死ぬと、殺生が少し遠ざかる。
一片の塵芥だと思っていた肩口の羽虫にいのちの圧力を感じる。

老いた者の、生きものに対するやさしさは、ひとつにはその人の身辺に
それだけ多くの死を所有したことのあらわれといえるのかもしれない。

メメント・モリ(1983年)藤原新也著より引用



※余談だが、ミスチルのメメントモリはこの本を基に作られている。
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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌


この記事に対するコメント

なくしてはじめて、その大切さを知るっていいますよね。うちは祖父、祖母とも健在ですが、なにかしら孝行しなきゃな、と思いました。そういう気持ちを思い出させてくれて、ありがとうです!
【2008/02/25 22:39】 URL | まー #tHX44QXM [ 編集]


う~ん
なるほど・・・
深いですね。
悲しみを乗り越えた分だけやさしくなれるんでしょうね。
故人を思い出す事は故人が生きた証であり、今日の自分がいることの証なんでしょうね。
メメントモリって
たしかミスチルの『花』でしたっけ?

【2008/02/25 22:58】 URL | たかぴっぴっぴ #- [ 編集]

悲しみを感じただけ・・・
アラタさん、今晩は。

死に遭遇する。
肉親の死は、想像以上の悲しみと苦しみが襲ってくる・・・でも・・・その分だけ、人に優しくなれる。
そんな言葉を思い出していました・・・。

悲しみを感じただけ・・・優しくなれる・・・。
究極的な選択だと思うが、
生を受けて生まれた瞬間から~死に向かっている事を思うと・・・それも至極当たり前のことと感受しています。
でも・・・肉親の死は・・・(涙目)
【2008/02/25 23:34】 URL | reiko #CKM7lCnA [ 編集]


こんばんは♪
とっても奥の深い言葉ですね。
死をいつも思って生きるというのは
『今を大切に生きる』という事なのかもしれませんねw
私も考えさせられました! ありがとう♪

 
【2008/02/25 23:35】 URL | ふわり #zlAQJbYM [ 編集]


>>まー さん
コメントありがとうございます。
是非考行してあげてください!
こんな独り言のような日記でそういう風に感じて頂けて嬉しいです。
【2008/02/25 23:37】 URL | アラタ #- [ 編集]


自分も身近な人の死を振り返ると、生と死について色々と考え
複雑でそしてちょっぴり哲学的な気分になったりします。

今Mr.Children「花~Memento-Mori~」聞いてまーす。
【2008/02/25 23:40】 URL | hydu #EvmDRqhQ [ 編集]


>>たかぴっぴっぴさん
本当にその通りだと思います。
私がここに存在するのは両親、そして祖父母のおかげです。そして、故人を思い出すことで自分の在りたい姿を考え、感謝し次に伝える。
それが・・・やっぱ柄じゃないのでこのへんでw

>たしかミスチルの『花』でしたっけ?
そうです。ミスチルの花はこの本を読んで作られたそうですよ。
【2008/02/25 23:47】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>reiko さん
そうですね。
肉親の死というのは非常に辛いですね。
やはり、その時は何も考えられませんでした・・・
死をも生の一部として捉えることで生を再構成する。そうすることで、よりよく生きることができる。
そうは思っても、なかなか割り切れないものです。。。
【2008/02/25 23:52】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>ふわりさん
私もそう思います。
キリスト教的な意味が与えられる前は、「今日は生きた。でも明日死ぬかも知れない。だから楽しもう!」という意味があったみたいです。
【2008/02/25 23:54】 URL | アラタ #- [ 編集]


深い。その一言に尽きます。
最初の題目はなんだろうって思いましたがラテン語なんですね。
ミスチルの曲、とりあえず探して聞いてみます。

それじゃ応援ポチっと!
【2008/02/25 23:55】 URL | naoto #- [ 編集]


私が大学一年のとき、祖父が亡くなりました。
ずっと入院していてあまり会っていなかったので
なくなった時もまだどこかにいて、ただ会えないだけなんだろうという感覚しか持てませんでした。
だから・・・その時涙が出なかったんです。祖父は今でも私の感覚の中では死んでないんです。
高校時代の友達が亡くなった時もそうでした。

「死」と「会えないこと」の感覚の違いが今も分かっていません。

知り合いにカトリックの方がいるのですが、偶像の崇拝を求めたり、魂が存在していると考えている日本人とは違った死の見方をしているようです。
【2008/02/25 23:55】 URL | しー #6PRmmMBw [ 編集]


>>hyduさん
故人に想いをはせる。
そういうことは時に必要ですよね。
そして、今の自分を振り返ってみる・・・
【2008/02/26 00:05】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>naoto さん
正直ミスチルの曲は・・・
っていう感じです。インスピレーションを得ただけなので。。。
応援ありがとうございます。
【2008/02/26 00:11】 URL | アラタ #- [ 編集]


じいちゃん死んだとき死に目に会えなかったなー。悪いことしたと、後悔しちゃいますね。
墓参りにでも行こうかな。墓まだ無いけど~ww
【2008/02/26 00:11】 URL | やさい #- [ 編集]


>>しーさん
私も現実感はなかなか沸かなかったですね。
生まれた時から、父、母、祖父、祖母。
こうした関係が秩序をもってできていて、当然だと思っていました。
人間は成長して結婚して子供を作り、歳をとる。。。
頭では分かっていてもその関係が崩れるなんて思っていなかったのです。
キリスト教的な死生観は死を通過点として捉え、永遠の命を天国で得られる。。。
確かそんな感じだった気がします。
なので、宗教色の少ない現代の日本とはかなり違うと思います。
【2008/02/26 00:22】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>やさいさん
自分も死に目に会えなかったです。
残念でしたが、誰も会えなかったので、もしかしたら祖父の心遣いだったのかもしれないです。
お墓ができたら是非行ってあげてくださいね。
【2008/02/26 00:25】 URL | アラタ #- [ 編集]


藤原新也さんですね‥知らなかったわ。今度、じっくり読んでみます。単行本化はしていないかな?
この歳になると、死が案外身近な事に驚かされます。
【2008/02/26 00:56】 URL | マダム半世紀 #rBjGGAow [ 編集]


私は物心ついた時には祖父母はいなくて
父母は元気なので
肉親の葬式はまだ未経験
最近はお墓のこととかかんがえます・・・
お葬式はする予定はなかったのですが
やっぱり簡単でもしたほうが良いのかな~?
【2008/02/26 05:15】 URL | naranja #- [ 編集]


この歳になると、身近な人の死に会う事も多くなってきます。
実父、姑、姪‥一番悲しかったのは
やはりわが子を亡くした時ですね。
お葬式はその事実をちゃんと受け止めて
お別れをするために必要かもしれません。

お墓に行く事はなくても、その人を想うだけで
ちゃんと届いていると聞いた事ありますよ。
でもやっぱり実感として何か必要な気はします。
残されたものの為というのは正しいかもしれませんね。

でも何よりの供養は、いつも明るく元気に
過ごす事だと思います。
いつかまた会えた時に「がんばってきたよ」って
言いたいですから。

【2008/02/26 13:20】 URL | maekumi #- [ 編集]

お葬式ってのは
『最後のお別れの挨拶をする場』なんだよね。
亡くなった人に、「ありがとう」と「またね」を言う場。
だから、お葬式はやった方が良いんだよ。
たとえ質素でもね。

女を30年以上もやってると、いろんな人の死に直面したり、死にそうな目にあったりするけど、その度に
『生きてて良かった』
『この人の分も生きよう』
って思うよ。
エゴかもしれないけどね。

ちなみに、私の夢は老衰です。
【2008/02/26 17:03】 URL | ともっち #BxQFZbuQ [ 編集]


ベッドで死にたくない。痛いのは嫌だ。即死で頼むぜ。
【2008/02/26 18:22】 URL | くるり #- [ 編集]


周りに亡くなる人が多くてよく葬式に行ったりするんだけど『残された者のために・・・』って言う所凄い分かるような気がする・・
【2008/02/26 20:17】 URL | マハ #- [ 編集]


>>マダム半世紀さん
写真が中心ですし単行本化はしていないと思います。
あと、すごく古いので図書館に行ったほうが良いかもしれないですね。
【2008/02/26 20:44】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>naranjaさん
そうですね。。。
私は肉親の死というのは思っている以上に辛く、お葬式の準備など「やらなければ」ということがないといつまでも途方に暮れていそうな感じでした。
そうした雑務に追われていると少し冷静になって、故人と向き合えますし。。。
まぁ人それぞれだとは思います。
【2008/02/26 20:48】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>maekumiさん
そうですね。
また会えたときに胸を張って色々話せるように一日一日を大切にしたいですね。
何か辛いこと思い出させてしまったようでスイマセン。
【2008/02/26 20:51】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>ともっちさん
自分も老衰がやはり理想です。
お別れを言う場はあったほうがいいですね。
私の場合、一つのけじめ、区切りをつけないと身動きができなくなってしまいがちなので。
【2008/02/26 20:55】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>くるりさん
痛いのはやはりイヤですね。
し…死ぬのは…こわくねえ…ぜ。だが…おれは、誇り高きツ
・・・やはり死ぬのも怖いですね。
【2008/02/26 20:57】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>マハ さん
残された側は大なり小なり故人に未練や後悔をもつからでしょうかね。
もっと話したかった、もっと一緒にいたかった、あの時、もっと・・・
こちらからはもう他に具体的に出来ることがないからお葬式はするのかも知れません。
【2008/02/26 21:00】 URL | アラタ #- [ 編集]


そういえば俺が10歳のころに友達が病気で死んじゃった事があったんですけど、そん時は
「どうしてこう言わなかったんだろう」って思い残したことが沢山あったことを思い出しました。

やっぱ言いたいことはその場で言っちゃった方がいいんでしょうね。

よし、さっそく逮捕されてきます
【2008/02/26 21:27】 URL | shungiku #B9lk0Wz6 [ 編集]


先日はご訪問とコメント、ありがとうございました。

お葬式というのは故人のためだけではなく、残された者のためでも
ございますよね。
生きている間にできなかった分の償いの気持ちがこめられていたり
お別れという区切り目をつけるためだったり…何だか今までのお葬式を
思い出すと切なくなってまいります。
【2008/02/26 22:12】 URL | 花矢 #u2lyCPR2 [ 編集]


>>shungiku さん
ありますね。
どうしてあの時。。。そう思うことが多々あります。
って、な、何を言う気!?
でも、後悔先に立たずというし・・・
よし捕まってくるんだ!
【2008/02/26 23:20】 URL | アラタ #- [ 編集]


>>花矢さん
自分も思い出すと切なくなります。
でも、良くも悪くも人間は忘れていく生き物だと思うので、時には当時を思い出してみるのも必要なのかもしれません。
区切り目というのは本当にそうだと思います。
【2008/02/26 23:23】 URL | アラタ #- [ 編集]


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